山里 は 冬 ぞ 寂し さま さり ける 人目 も 草 も かれ ぬ と 思 へ ば。 百人一首 第28番 源宗千朝臣 「山里は・・・・」

28番 源宗于 冬の山里を詠む

ば ぬ へ も さま は 草 かれ 山里 も 人目 ける さり 冬 寂し ぞ 思 と ば ぬ へ も さま は 草 かれ 山里 も 人目 ける さり 冬 寂し ぞ 思 と

🙏 雪は降っていませんが、灰色の冬空に染まって、あたり一面が灰色。 批判であるので、名指しは避ける。 よそながら思ひしよりも夏の夜の 見はてぬ夢ぞはかなかりける まさしくも「夢よりも儚き」。

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寂しい冬は仲よく

ば ぬ へ も さま は 草 かれ 山里 も 人目 ける さり 冬 寂し ぞ 思 と ば ぬ へ も さま は 草 かれ 山里 も 人目 ける さり 冬 寂し ぞ 思 と

👋 あの方をいつ見たというのであろうか・・こんなにも恋しいなんて。 運・不運は常につきまとう。 よく降りますねぇ。

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28番 源宗于 冬の山里を詠む

ば ぬ へ も さま は 草 かれ 山里 も 人目 ける さり 冬 寂し ぞ 思 と ば ぬ へ も さま は 草 かれ 山里 も 人目 ける さり 冬 寂し ぞ 思 と

☝ 太陽の高度が一年で一番低くなるためです。 山里が都や俗世間と対比される。 47 八重葎しげれる宿のさびしきに人こそ見えね秋は来にけり(恵慶法師) 70 さびしさに宿をたち出でてながむればいづくも同じ秋の夕暮(良ゼン法師) 小生は、恵慶法師の47番歌とこの28番歌は、非常に似通った、やり場のない寂しい心情を詠んだように思えます。

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百一028解題)山里は冬ぞさびしさまさりける人目も草もかれぬと思へば

ば ぬ へ も さま は 草 かれ 山里 も 人目 ける さり 冬 寂し ぞ 思 と ば ぬ へ も さま は 草 かれ 山里 も 人目 ける さり 冬 寂し ぞ 思 と

🐲 痕跡を探しに歩いて見たいと、 少しだけ思う。

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【百人一首講座】山里は冬ぞさびしさまさりける 人めも草もかれぬと思へば─源宗于朝臣 京都せんべい おかき専門店【長岡京小倉山荘】

ば ぬ へ も さま は 草 かれ 山里 も 人目 ける さり 冬 寂し ぞ 思 と ば ぬ へ も さま は 草 かれ 山里 も 人目 ける さり 冬 寂し ぞ 思 と

🤪 壬生忠岑という歌人の作である。 白い雪山には視覚的に見るべきものがある・・・「白」は古典時代の人々にとっては純潔の象徴、 愛しい色なのだ・・・それでは「寂しさ」一色のこの歌の趣旨に反する。 醍醐天皇時代の和歌教室的なものの後援者と言える人物だ。

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山里は 冬ぞ寂しさまさりける 人目も草も かれぬと思へば

ば ぬ へ も さま は 草 かれ 山里 も 人目 ける さり 冬 寂し ぞ 思 と ば ぬ へ も さま は 草 かれ 山里 も 人目 ける さり 冬 寂し ぞ 思 と

😔 私には、彼の出世がままならない事よりも彼のお父様、光孝天皇の第一皇子でありながら、同じ母から生まれた弟の第七皇子が宇多天皇になってしまった是忠親王の方が興味を覚えてしまいます。 しかも、七で一度切る。

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徒然草 現代語訳つき朗読|第四十四段 あやしの竹の編戸のうちより、いと若き男の、

ば ぬ へ も さま は 草 かれ 山里 も 人目 ける さり 冬 寂し ぞ 思 と ば ぬ へ も さま は 草 かれ 山里 も 人目 ける さり 冬 寂し ぞ 思 と

🐾 新年ももうすぐそこです。 冬枯れの前には色取り取りの 紅葉に釣られた「 紅葉狩り」の人々を引き寄せるし、春の山辺に咲く桜は人の心を魅了してやまない(古典時代の花見の桜は、ソメイヨシノではなくヤマザクラ)。 菅家、菅原道真の一首。

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